ある生涯の七つの場所 辻邦生
辻邦生はもっと読まれてもいい作家。
遠藤周作や北杜夫と同世代の一昔前の作家だけれども、清廉で乾いた文体は西欧的で、日本文学特有の陰湿さや過剰な繊細さと無縁で、その描く世界は現代から歴史にわたって幅広く、語りから生まれるロマネスクな感じは独特なもの。
日本文学と一線を画した感じの文体は、今日で言えば村上春樹に似てる。
ただ村上春樹と違って正統的な文学アプローチも経ているので、多彩な文章力全般は村上氏を上回る。
また、歴史もののスケールの大きさとダイナミックさは日本文学にあまり見られないもの。
塩野七海のローマの歴史シリーズを読んでいる最中、ちょうど該当部分で背教者ユリアヌスを読んだ時など、本当に贅沢なもので読書三昧此処に尽きる、そんな時間だった。
ある生涯の七つの場所、は文庫7冊に渡る連作短編集。
7冊全体でゆるやかな長編小説にもなっている。
中公文庫で、霧の聖マリ 夏の海の色 雪崩のくる日 人形(プッペン)クリニック
国境の白い山 椎の木のほとり 神々の愛でし海、の7冊。
設定が巧妙。
戦前、父親が渡米してしまい母親と二人暮らしになる少年なのだが、母親も病気で長期入院してしまう。この時代らしく、アニメ風立ぬ、のサナトリウムみたいな所にです。
しかたなく少年は一人で、複数の親戚の間を行ったり来たりして生活するのですが、そこの場所場所で、親戚のお姉さんやら町内の少女やら人妻やら居酒屋の姉さんとか、色々と出会っていきます。
また並行して、ヨーロッパで過去の社会運動者の足跡をたどる日本人。
外国で通信社の仕事をしながらの出会い。
アメリカへの密航者とかとか、様々な視点と設定から一つ一つのストーリーが紡がれて、結末のない事件の一端が後になってフワッと浮き上がってきたりする。
ラブストーリーが比較的多く、戦端の片隅での印象強い話もあり、西欧の古城での出来事もあり、革命が失敗した混乱殺戮復讐と、話は多岐にわたる。
終盤になって色々な事件の結末や、その後のことや、当初隠されていた背景なんかが明らかになって物語の重層的な奥行を感じさせてくれる。
と言っても、無理に世界を一つに収斂させるようなことではなく、自然でゆるやかで、気づかなければそれでもいいと言ったかんじ。
腰を据えて研究すれば、私の気づいていない伏線回収も結構あるとおもう。
ここには真っ当な小説の真っ当な感動があります。
しばらく辻邦生からは離れていたので、これを機に、後期の長編などまだ読んでいないのも多いので、またボチボチ読みたい。
楽しみ