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本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~第一部「兵士の娘I」  香月美夜

3月初め、試しに読んでみたのだが、面白くて次々と読みたくなって、gwには最終の刊行巻までたどり着いた。

 

『 幼い頃から本が大好きな、ある女子大生が事故に巻き込まれ、見知らぬ世界で生まれ変わった。貧しい兵士の家に、病気がちな5歳の女の子、マインとして……。おまけに、その世界では人々の識字率も低く、書物はほとんど存在しない。いくら読みたくても高価で手に入らない。マインは決意する。ないなら、作ってしまえばいい・・ 』

 

普通novelで異世界に行ったとしたら、かの地での冒険・魔法・ロマン・バトルという流れになるが、異世界へ行って?、実際に?一番のインパクトとして何があるかと言えば、冒険をする前に何よりも、異世界そのもの。

違う現実そのものが衝撃になるだろう。

 

目の前に見える視野、寝ている藁布団、土間のままの床、それらが全て今までの現実と違う。

この視点の身近さ、身の回りからよちよちと話を進める、何というか作者と物語との密着した寄り添い具合がこのシリーズの魅力。

 

異世界で病弱で発育不整の少女に転生した主人公は、中世風の劣悪な住宅環境に音を上げる。

土間で埃っぽいので掃除をしたら、病弱なので熱を出して寝込んでしまう。

天井に掛かっている蜘蛛の巣を払ってもらう。

まだ自分で排便できないようなので暴れる。

あれやこれやで書物とか印刷とかは縁の遠い世界。

ともかく頭が気持ち悪いので、落ち着いてきたころに冒険、ではなくてシャンプーを製造することに力を注ぐ・・・

 

魔法やバトルなど殆ど出てこない。

だがこの世界には魔力もあり、主人公の転生と身体にも大きくかかわっていた事が後々で分かって来るし、この設定は巧妙。

 

異世界転生にして図書fantasyであるのだが、転生場所が中世風兵士の娘なので、なかなか書物までたどり着かない。

この本の最大の魅力は、素直で緻密な異世界設定と足取り確かな物語進行。

病弱のせいもあり、世界は家の中や周辺ばかりから始まるし、狙った意外な展開のために記述視点を変えたり時系列を飛ばしたりしない。

一歩一歩とあゆみを進める、素直で強固な物語進行があり、小説技術の高度化と複雑化に慣れた私達には、反ってそれが凄く新鮮に感じた。

 

シリーズ2部では神殿が関係してくるが、神殿には愛人や売春めいたものも有るというリアリズムの背景も、そっと仕込んでいる。

シリーズ3部に向っては、だんだん貴族社会に係ってくるようになるが、貴族が形骸化せずに魔術と結びつくことで強大な地位を築いている設定描写の強固さ。

たしかにこれはどこまでもラノベなのだけど、ファンタジーも含めて周到にリアルに社会構成を描いているのは、作者の歴史知識の深さを窺えさせる。

といっても決して歴史薀蓄臭くなどない、知らぬ間にそういう設定にしているという具合。

 

また、異世界を思い通りに出来ずに、異世界特有の厳しい大人の世界にも向合い妥協せざる負えないリアル。

一般的な物語fantasyの創作における現実化、今の読者の現実道徳に沿ったストーリー解決に最後は持っていく事が多いのだが、此の本では、なかなかそうならないが故に異世界ワールドが面白い。

 

作者はネットで発表していた本書を、書籍化にあたって簡略化しないで欲しいと要望したそうだが、まさしくそうで本書の魅力は簡略化しない一つ一つにある。

 

  

 

6月には新作が出る模様。

楽しみにしてます。