村上春樹 2冊。
ひさしぶりに村上春樹のエッセイを読みたくなって、未読のものを購入。
一時期つれづれなる時は、村上春樹のエッセイばかり読んだり読み返したりしていた。
村上ラヂオ
まぎれもなく氏のエッセイなんだけど、なんだか物足りない。
内容も特に他エッセイと変わっている訳でもないが、一篇の文章が短い。
連載枠の制約だろうけど、ハルキらしさが漂ってくる前にアッサリ文章が終わってしまう様で、食べ足りないような不満がややあった一冊。
次に、村上春樹 雑文集。
これは面白い、というか読み応えがあった。
実はまだ読んでいる途中なんだが、そんな感じ。
過去から今まで書き散らしていた文章で、単行本に載っていないものをまとめたもの。
そういう成り立ちの雑文集、エッセイに近いものかと承知していたので、実はあまり期待していなかった。
面白いものだったら、既に本になっているはずでしょ、という推測から。
実際読んでみると、内容は他人の本のために書かれた解説文・推薦文、依頼があって書いたが雑誌の方針とちがったため未発表の文章、各賞受賞あいさつ、ジャンルの違う雑誌に単発的に書かれたもの・聞き書き、等々。
つまり一つの集中したカラーに括れないもので、結果として本にならなかった文章。
だから村上fanにとっては、これらは却って面白い。
内容が多彩なのだ。
普通の村上エッセイが、氏の文章芸の中でグルグル廻って完結するといれば、例えばその結果として小確幸落ちになったりヤレヤレ落ちになったりしているとすれば、この雑文集では他の事象との関わり合いにおいて作った文章。
だから他のエッセイ類に比べて、いわゆる『春樹臭さ』が希薄。
それだけ多彩な内容、ということ。
そして内容も時系列も多彩で、なおかつ氏の文章の個性は色々な場や時間においても、やっぱり村上春樹の文章であって、本としての纏まりが無くなることはない。
冒頭近く、カルト宗教の物語と文学の物語の違いに書かれた文書など、氏のオウムノンフィクションの解題としても、春樹氏自身の物語論としても極めて興味深かった。
音楽関係では、黒人差別とユダヤ人と日本人ジャズ観衆について歴史も踏まえた記述とかもある。
挨拶関係では、初期の気の抜けたふざけた感じは中々良い。
例のイスラエルでの卵と壁のスピーチ、これは私は余り感心しなかったのだが、あえて政治的メッセージを発しに行っているように思っていた。
だが報道で読むところでなく、解説文とスピーチ全文を読むと、氏としても苦渋の決断だったことがわかる。
氏は海外の読者については極めて積極的にマーケットにアプローチしてきたので (日本の陰湿な文壇や出版業界に嫌になったのだろう)、海外読者に直接意思を伝える場を放棄することは自分に納得できなかったのだ。
その結果は、やはり私的には?だけど、氏の決断と行動の果敢さは理解できた。
というわけで意外に実に?充実した一冊で、オススメです。