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oidon00のブログ

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天地明察 (冲方丁・小説)

昔の氏の作品、マルドゥック・スクランブルの文体は、例えるなら時としてエレキギターをミョンミョンミョーンと疾走させるが如くの文章で、作者の情熱と気合いがダイレクトに伝わるようなライブの演奏を聴くかのようなものだった。

オンレンシュピーゲルシリーズでもそう、クライマックスでは作者の熱い息遣いが聞こえてきそうなものだった。

 

であったが、一転、本作天地明察は静かに碁を一手づつ打って行く様な、静かで着実な世界。 破綻に近づいた近未来の殺伐とした世界では無く、戦国の世が過ぎて平和に落ち着いた江戸時代のものがたり。

「もう10代の少女を書くことはできないだろう」との作者の言葉もあったが、この文体と文章の跳躍ぶりは大胆。

基本つまり普通の文章なのだが、以前が以前だけに知っている者は目を見張らせると思うし、その過去の文体からの跳躍は成功した。

 

まず題材が素晴しくユニーク。

囲碁家であり算術の使い手といった特殊な世界を取り上げ、それでいて狭いマニアックな世界に陥ることなく、暦の改変という題材で政治の中枢にまで奥行きを広げて、独自のストーリーで当時の社会全般をも見事に活写して見せた。

本作によって時代小説に新しい風を呼び込んだことは作者の功績。

 

そのために殆ど漢字だけで書かれた当時の書物、しかも和漢文で書かれた数学の古書を解読して暦の世界にまで分け入った作者の労力は相当なものであったろう。

しかしその苦労や息遣いを読者に全く感じさせること無く、淡々と話を進めて行き、それでいて読者は何時の間にか激しいドラマの中で流転している。

 

かつては特殊な設定の特別なキャラを描いた著者が、普通の世界の日々のありふれた生活も恐れずに描いている

 

剣戟や時代の軋轢に目を向けさせるのではなく、そんな時代小説らしさから脱した、1人の人間の素直な教養小説主人公が様々な体験を通して内面的に成長していく過程を描く 『ビルドゥングスロマーン』 としても成功している。

 

後半に向けての構成の微妙な切替も巧く、読者は安心して物語を楽しむことが出来る。

大老酒井、水戸光圀、算術家の関、保科正之等々のサブキャラクターも本当に魅力的で飽きさせない。

それでいて史実に近いのだから、本当にもう何を言わんかである。

本当に面白い一冊でした。

 

 

次は光圀伝 ・冲方丁 (2012/9/1)を読みたい

天地明察(上) (角川文庫)

天地明察(上) (角川文庫)

天地明察(下) (角川文庫)

天地明察(下) (角川文庫)